特報 三菱UFJの楽天レポート騒動 両者の意見を分析すると…

特報 連載


ノンオペッレーティングアセットが誤解生む

3週間前、三菱UFJモルガンスタンレー証券のアナリストに絶縁状を突きつけた楽天(4755)。アナリストが発行体企業から出入り禁止を食らうこと自体は、さほど珍しいことではないが、証券界を驚かせたのは、それを適時開示で公式に発表したからだ。

メディアの報道は事実を淡々と伝えるものがほとんどだったが、証券系のブログは一斉に反応。プロのブログだけに、楽天の姿勢を批判するだけでなく、楽天が問題のリリースで指摘した、(1)業績予想がアバウト、(2)EPS(1株利益)算出に使った実効税率が57%、(3)バリュエーションの算出方法がファイナンス理論の観点で間違っている、の3点に関する分析が施されているものがほとんど。

(2)はのれん償却をしないIFRS(国際財務報告基準)に楽天は今期から移行しているのに、のれん償却で18%も実効税率が上がった前期と同じ57%を使っているので、特段の理由がないのに57%はおかしいという見解で一致している。

また、(1)に関しては、楽天の開示姿勢の方を問題視する声もあれば、プロのアナリストなのに稚拙すぎる、という声もあるが、どちらかというと前者優勢。

(3)は、言及を避けているか、楽天も言っていることがちょっと変、という反応が大半だ。

渦中の人となった三菱UFJモルガンスタンレー証券のアナリスト・荒木正人氏が作成した問題のアナリストレポートは2通。1通は6月21日版で、楽天の抗議を受けて書き直したのに、それでも楽天の怒りを抑えられなかったものが7月1日版。

楽天がファイナンス理論としておかしいと指摘したのは、6月21日版のバリュエーション方法。荒木氏は算出したEPSと修正PERを使って算出している。この修正PERというのは、時価総額とEPSを比較したものではなく、時価総額から「ノンオペレーティングアセット」を差し引いた金額とEPSを比較したもの。グループ全体のEPSを先に算出し、それを楽天のセグメントとは異なる「カード」事業と「カード以外」に振り分けているのだが、この振り分けの根拠は書かれていない。

次に、「カード」については東証1部のそのほかの金融セクター各社の平均修正PERの49.7倍に「カード」に振り分けたEPSを掛け合わせて「カード」の妥当修正時価総額を算出。

さらに、「カード以外」については東証一部「サービス」セクター各社の平均修正PERの15.3倍と、東証一部「小売り」セクターの平均修正PERの13.6倍を足して2で割った15.95倍を、「利益成長の持続性が東証1部のサービスや小売りの平均よりも高いと考えて」、さらに1.2倍した19.1倍をEPSに掛け合わせて「カード以外」の妥当修正時価総額を算出。

この2つの修正時価総額を合計したところへ、楽天の「ネットノンオペレーティングアセット」を足し込んで妥当時価総額を算出している。

以上で使われているノンオペレーティングアセットは、有利子負債との差引後のネットノンオペレーティングアセットだ。

まずはこの修正PERという考え方。かつて、同じ通信・ソフトセクターの銘柄でありながら、小規模なソフトハウスとNTTデータ通信が、成長率が同じにもかかわらずPERが2倍くらい違うということが起きた。そのことを説明するため、投資家は遊休土地などの非事業資産もしくは不稼働資産の含みを評価し、それが株価に織り込まれるのだと考え、非事業資産もしくは不稼働資産を時価総額から差し引いて比較することが合理的という理由で誕生した。

つまり、荒木氏は非事業資産もしくは不稼働資産という意味でノンオペレーティングアセットという用語を使用した。ただ、実際にレポートでノンオペレーティングアセットとして抜き出しているのは遊休土地ではなく現預金と有価証券。つまり金融資産だ。現預金には必要運転資金も含まれるので、これもいくら簡便法とはいえかなりアバウトな印象を受けてしまう。

そしてこの金融資産をノンオペレーティングアセットといったことが、楽天に誤解を与えた可能性がある。このノンオペレーティングアセットという用語は、M&A(企業合併・買収)の世界では全く別の使われ方をする。

例えば上場会社を丸々買収するのにいくらの資金がかかるかを示すエンタープライズバリュー(EV)は、時価総額に、引き継ぐ有利子負債を足し、買収の暁には転がり込んでくる金融資産(主にキャッシュ)を差し引いて計算する。つまり、EVは時価総額からネットノンオペレーティングアセットを引いたものとなり、まさに修正PERと同じになるのである。

M&Aの発想だとEVはEPSとの比較で使うのではなく、償却前の営業利益であるEBITDA(償却前営業利益)と比較し、買収コストが買収する会社が生み出すネットキャッシュ何年分で回収できるのかという形で使われる。

楽天には当然M&Aの専門スタッフがいるので、こういった反応を示した可能性は高い。もっとも、EVの計算でもキャッシュはネットキャッシュを使うので、楽天がリリースで指摘した、ノンオペレーティングアセットから借入金を控除するのはおかしい、という主張も間違っている。

7月1日のレポートでは、修正PERを使うことをあっさりとやめ、EPSの振り分けも楽天のセグメント分類通り、ネットサービスとネット金融に変えている。それでも、6月21日版にせよ、7月1日版にせよ、成長性にかなりのバラつきがあるであろう、サービスセクター70銘柄だのそのほか金融セクター19銘柄だのといった、おそろしく広い母集団の平均値。実はファイナンス理論うんぬんではなく、荒木氏が意図的に低い株価を算出するためにこんな母集団の取り方をしていると考え、そこに腹を立てたと考えると、ストンと落ちるのである。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
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