特報 インサイダー事件1審審理が大詰め 9月にいよいよ判決か

特報 連載


日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)執行役員・吉岡宏芳氏がインサイダー取引容疑で逮捕されてからはや1年。横浜地裁で進められてきた1審での審理が大詰めを迎えている。

この事件、横浜の金融業者・金次成氏が、吉岡氏から上場会社のTOB(株式公開買い付け)に関する公表前の内部情報を得て、3つの銘柄で約3,600万円の利益を得ていた、というもの。

金融商品取引法におけるインサイダー取引関連の規定のうち、公開買い付けに関する規定は167条で定められている。167条1項4号は、公開買い付けの内部者が自ら未公表情報を元に株取引を行い、利益を得ることを禁止した条項であり、167条3項は公開買い付けの内部者から情報を得た、一次情報取得者が利益を得ることを禁止している。

当初検察は、吉岡氏、金氏双方を167条1項4号違反容疑で起訴しており、吉岡氏が首謀し、金氏はその協力者というストーリーだった。1項4号違反は吉岡氏が利益を得ていないと成立しない。吉岡氏と金氏の間で具体的な金銭など対価のやりとりの証拠となるものが上がらなかったため、検察は「吉岡氏が金氏との間でトラブルを抱えており、金氏からの追及をかわす目的でインサイダー情報を提供した」つまり追及をかわせるということに対価性があるというロジックで行けると踏んだようだ。

金氏は早々に検察側の主張を全面的に受け入れ、吉岡氏から頼まれて貸した貸金がことごとく不良債権化したので、吉岡氏を追及していたことや、吉岡氏が自分からの追及を逃れたい一心で頼みもしないTOB情報を提供してきた、ということを本人の訴訟の尋問でも認めている。

一方、吉岡氏の方は、情報を伝達したこともなければ、金氏に自分の知人向けの融資を依頼したこともない、従ってトラブル自体存在せず、金氏から追及を受けていた事実もなく、ごく一部、関係がこじれて冷静に話し合えなくなった債務者と金氏の間に立って、メッセンジャーを務めたケースがあるだけだと主張。金氏の供述とは全く食い違っていた。

このため、金氏と吉岡氏の審理は全く別個に行われ、金氏の審理は今年1月に本人尋問を終え、1月31日に判決が言い渡されるはずだった。

だが、金氏の尋問時の供述から、裁判官が1項4号で有罪判決を書くことはできないが、3項でなら有罪判決を書けるとして、検察官に訴因の変更を奨めるという異例の展開になった。

つまり、少なくとも吉岡氏が首謀者として利益を得たというロジックは否定されたわけで、検察側は裁判官の指導に従い、訴因を変更。金氏は2月28日、懲役2年6カ月、執行猶予4年、罰金300万円、追徴金1億円の判決を受けた。金氏の事件は金氏も検察側も控訴しなかったのでこれで判決は既に確定している。

金氏の判決によって、対価性は否認されたも同然に見えるのだが、検察側は吉岡氏に関しては167条1項4号のまま、167条3項の教唆ないし幇助(ほうじょ)という予備的な訴因を追加。ようやく公判前整理手続きが終了して5月31日から法廷での審理が始まり、6月10日と13日の2日間をかけ、金氏の尋問が行われた。

予備的な訴因とはいえ、検察が吉岡氏を有罪に追い込む決め手となるのはもはや教唆、ないしは幇助に移っている。当初は吉岡氏が例え情報を提供しているとしても、対価を得ていないことを立証すれば足りる展開だったが、結局のところ吉岡氏がインサイダー情報を提供したかどうか、そして買うことを奨めたかどうかになってしまっている。

過去のインサイダー事件で有罪になっているのは、インサイダー自身が自分の親族などを使って取引を行い、利益を得ているケースか、インサイダーから情報を得た一次情報受領者が利益を得ているケースばかり。

金氏は吉岡氏から情報を得たと主張し、吉岡氏は情報提供をしていないと主張している。情報伝達の具体的な証拠は無きに等しい。

6月13日に行われた弁護側尋問では、弁護側の挑発に乗ってしまった金氏が何度も激昂。事実関係に対する供述も二転三転した。

中でもポイントになるであろう、「買って下さいと言われたかどうか」という質問に対し、イエスかノーかでは答えず「情報を提供するということは買えということでしょう」という発言を繰り返した。この質問は裁判官からも行われたが、答えは変わらず、裁判官から「あなたにとって“買え”と言われたかどうかはどうでも良いことだったということか」と問われて、ようやく「はい」というひと言が出た。

検察側の調書では明確に「買ってください」と言われたという記載があったためなのか、尋問での供述が調書と合致しない点が多数出てしまったためなのかはわからないが、この尋問終了後、検察は証拠として提出していた金氏の調書をすべて撤回してしまった。

刑事事件では調書は強い決め手になる。尋問でどう主張しようと、調書が優先されることはよく知られている。その調書が撤回されたということは、法廷での金氏の供述が証拠として扱われることになる。

6月27日に吉岡氏本人の尋問が終わると一通り審理は終了、7月23日に検察、弁護側双方の最終弁論が行われる。夏休みを挟み、判決が言い渡されるのは9月ごろになるはずだ。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
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