特報 西武HDのTOB延長問題 鉄道会社上場に恣意性が働く余地ゼロ サーベラスの真意はどこに

特報 連載


西武ホールディングス株式の公開買付を実施中のサーベラスが、4月5日、TOB(株式公開買い付け)期間を5月17日まで延長し、買い付けの上限を36%から44%に引き上げた。

同日夕刻に開かれたサーベラスの会見には、サーベラスジャパンの鈴木喜輝社長に加え、ニューヨークのファンド本体の幹部であるルイス・フォスター氏も出席。相変わらず「西武の突然の態度の変化に困惑している」「われわれは対話を求めている」「西武のガバナンスを正常化させたい」といった主張を繰り返し、ソフトな路線をアピールした。だが、敵対的TOBを実施し、さらに買い付けの上限を上げておきながら、「対話を求めている」と言われても、やっていることはますます強硬になっているようにしか見えない。

会見の場でも、記者から「かえって西武経営陣の態度を硬化させることになり、対話の再開にとってマイナスにならないのか」という質問が出たものの、「ガバナンス正常化のための提案がことごとく拒否されたので、何もしないわけにはいかない」というのがその質問に対する答えだった。であれば、「何もしないわけにはいかないので強硬手段もやむなしと考えている」と言ってくれないと文脈としてはつながらない。

既にこの問題、かなりの量の報道が出ており、1年前まで蜜月状態だった両社の関係が悪化した原因は、上場時の売出価格であることはほぼ間違いない。

西武側が証券会社に出させた金額が、サーベラスの想定を大きく下回っていたことは間違いなく、4月5日の会見の場でも、鈴木社長が「例えば企業価値の算定にハワイの土地の価値がまるで反映されていなかった」と言っている。

実はこの点、サーベラス側は「有価証券報告書と上場株価算定のミスマッチが不透明」という言い回しをして、居合わせた記者を混乱させている。何しろ路線廃止にライオンズ売却といったファクトもあるため、経済部、社会部、一般誌に地方紙やスポーツ紙の記者まで参加した会見だ。当然証券、金融、会計用語やそのルールなどに聡い記者ばかりではない。粉飾が疑われるという発言だと勘違いしたとしか思えない質問が飛び出しても、サーベラス側は誤解を解く発言をしなかったのだが、何のことはない、資産の含みが売出価格に反映されていないという意味だったのだ。

だが、「売出価格は類似業種の上場会社のPERとPBR(株価純資産倍率)の平均値を15%ディスカウントした価格。これ以外の決め方はない。既に上場して実績がある会社と未知数の会社が同じではおかしいから15%ディスカウントする。なんで10%もしくは20%じゃないのかという理由までは知らないが、この決め方以外の決め方なんてありえないし、これ以外の方法で算出したところで東証は相手にしない。微妙な業種だと、選び出す類似会社に恣意(しい)性が出たりもするが、鉄道会社では恣意性が働く余地なんてゼロ。資産の含みを反映させろなんて言っても誰も相手にしない。セルサイドのアナリストの中には発行体の機嫌取りのために、鉄道会社には土地の含みがあるとか言うヤツがいるが、その土地の含みというのはレールを取っ払って更地にしたら宅地としてこれだけ価値があります、という話でしかない。廃業なんてあり得ないのにこういう絵空ごとを言ってはいけない」というのが某市場関係者の見解だ。

そこで、主要鉄道銘柄のPERとPBRを計算してみたところ、ご覧の通りの結果になった。モメ出したのが昨年5月以降で、決定的に決裂したのが10月だそうなので、5月末と9月末、それに参考までに株価が上がった3月末で計算してみた。

西武経営陣が考えていた売出想定価格が1,200円、サーベラス側の昨年5月時点の想定が1,500円から2,000円だったという未確認情報があるので、昨年5月は1,500円、昨年9月は1,200円、そして今年3月末はサーベラスのTOB価格の1,400円でPERとPBRを計算してみた。

こうしてみると、昨年5月時点では1,500円でもだいぶ高い。昨年9月の1,200円は、ちょっと高めだがまずまず許容範囲。今年3月時点でのTOB価格もまずまずの線だ。ただしこの計算、15%のディスカウントはかけていない。長年日本での投資経験があるサーベラスが、売出価格の計算ルールを知らないとは思えない。

また、上限を44%に引き上げたところで、本当に買えるかどうかも疑問だ。というのも、上限を決めているTOBの場合は比例案分がかかる可能性があるので、まとまった量を持っている株主に応募を頼めない。とすると個人頼みということになるのだが、個人の保有割合は13%でしかない。13%しかいない個人から12%買う、つまり個人の9割以上の応募がないと44%にはならない。しかも個人の中には西武グループ関係者もかなりいるだろう。とすると、当初の4%買い増しが妥当な線だったのではないのかと思えてくる。一連のサーベラスの強気一辺倒の対応の真意は、ますますもって分からないのである。

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著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
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