特報 前代未聞の展開に 日興コーディアル証券元執行役員インサイダー事件 注目の判決は2月28日

特報 連載


昨年12月12日付のこの欄で取り上げた、日興コーディアル証券元執行役員のインサイダー事件が前代未聞の展開になっている。

この事件は三井住友銀行のエリート行員で、日興コーディアル証券に執行役員として出向していた吉岡宏芳氏が、知人で横浜の金融業者・金次成氏に上場会社のTOB(株式公開買い付け)に関する公表前の内部情報を伝え、この情報を元に金氏が3600万円の利益を得たというもの。

現行法では内部者である情報伝達者は、本人が利益を得ていなければ処罰できないので、横浜地検は吉岡氏は単なる情報伝達者ではなく主犯であり、実際に株取引を行った金氏はその共犯という構図で吉岡氏、金氏両名を金融商品取引法167条1項4号違反で起訴した。金融商品取引法167条1項4号は、内部者自身が内部情報を元に利益を得ることを禁じた条文だからだ。

金氏はさっさと検察のストーリー通り、吉岡氏主犯、自分は共犯であることを認めた。

ただ、吉岡氏は金氏から情報提供の対価を得ておらず、このことは検察も認めざるを得なかったため、吉岡氏が金氏との間で数々のトラブルを抱えていて、そのトラブルに対する見返りとして金氏に経済的利益を提供せざるを得ない立場にあったというのが検察のストーリーだった。

ところが吉岡氏は利益を得ていないどころか情報伝達の事実すら否認。さらには金氏との間に、検察が主張するようなトラブルはなく、頻繁に会っていた事実もない、従って金氏に情報提供をしなければならない動機すらない、とまで主張。

実際、金氏に吉岡氏がいつ、どこで、どんな手段を使ってどういった内容の情報を提供したのかについての物的証拠は一切なく、すべては金氏の供述調書頼みだった。その供述調書ですら具体的なものではなく極めてあいまい。かつての検察ならあり得なかったことだが、取り調べの可視化で取り調べが録音されているので、金氏の記憶のあいまいさがそのまま調書に反映されているのである。

その金氏の記憶のあいまいさが、昨年12月13日に開かれた金氏の尋問でもろに露呈してしまった。

このため、金氏の判決は1月31日に予定されていたのに、当日になって裁判官が「167条1項4号では(金氏の)有罪判決を書けないが、167条3項でなら有罪判決を書ける可能性がある」として、検察官に訴因変更を指示する異例の展開となった。つまり、主犯吉岡氏との共犯は認められないから、内部者からの情報提供で利益を得た人を処罰する167条3項に変更せよと指示。2月13日にもう一度弁論を開くことになった。

かくして迎えた2月13日。検察は167条3項をメーンに位置付けながらも167条1項4号も残し、刑法60条で共犯という形に訴因を変更。判決は2月28日に下されることになった。

167条3項は情報提供者が利益を得ていない場合の規程なので、内部者、つまり吉岡氏を処罰できなくなるはずであり、167条1項4号は吉岡氏自身が利益を得ている場合の規程なので、素人には167条1項4号と167条3項が並立するという概念がどうにも理解できない。

単に情報を提供しただけでは共犯にはならないので、裁判官が吉岡氏による情報提供まで認めるのかどうかは分からないが、少なくとも167条1項4号に基づく共犯は認められないと言っていることだけは間違いない。

さらに、167条3項で金氏を有罪にするには、情報提供者は内部者でなければならない。内部者ではない人物からの情報提供では167条3項をもってしても金氏を有罪にはできない。

しかも吉岡氏は依然として公判前整理手続きの途中であり、自身の事件で情報提供の事実をも争っている。「吉岡氏からの情報提供だった」とする金氏の供述が事実に反するということを徹底して主張することになるはずだ。

裁判官が金氏の単独犯として金氏を有罪にした場合、検察が控訴できるのかという問題もある。吉岡氏という共犯者が居ての有罪でなければ納得できないというロジックが果たして可能なのだろうか。

興味は尽きないが、金氏本人は執行猶予が付くのは確実とみて、さっさと終わらせたいらしい。供述を翻して内部者である吉岡氏からの情報提供ではないと主張すれば無罪になるのに、供述を翻すことなく、訴因変更後も検察のストーリーに従って有罪を認めている。

もっとも、吉岡氏が徹底して争う姿勢を崩していない以上、吉岡氏の裁判にいや応なく付き合わされることは間違いないだろう。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
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