深堀健二の兜町法律放談 退職後の競業禁止義務・秘密保持義務【後編】

兜町法律放談 連載


それでは今回は前回に続いて、退職後の競業禁止義務・秘密保持義務に関する裁判例を検討してみたいと思います。

1 アリコ社事件

外資系生命保険会社の日本支店において執行役員であった者が、退職後に競合他社へ転職したため、前勤務先が競業禁止条項により退職金を支払わなかったところ、退職者が前勤務先を提訴した事件です。

この事件では、退職後2年以内に競合他社に就業することを禁止するとともに、これに違反した場合は退職金を支給しないとする契約条項の有効性が争点となりました。

一審裁判所は、当該条項は職業選択の自由を不当に害し、公序良俗に反して無効であるとして、会社側に3,000万円の退職金支払いを命じる判決を出しました。

この判決に対しては、退職者が執行役員のような高い地位にあり、3,000万円もの退職金を受領する人物が、競業禁止の契約を締結しておきながら、これに反して退職の翌月に転職したときに、その就業を認めた上に、正規の退職金を支払わなければならないとすれば、世の中のあらゆる就業禁止条項が無効になってしまうのではないかとの驚きがありました。

裁判所は、

      (1)執行役員が構成員となる役員会は最高意思決定機関とされていたが、重要事項の決定については米国本社ないし親会社の承諾が必要であり執行役員も労働者性を肯定し得る
      (2)競業禁止条項を設けた会社の目的は、会社のノウハウや顧客情報等の流出を避ける点と認められ、ノウハウとは、営業秘密に限らず、従業員が業務遂行過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手法等であるとされるところ、これらは従業員がその能力と努力によって獲得したものであり、労働者が転職する場合には多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない
      (3)顧客情報の流出防止を、競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは、目的に対して、手段が過大である。
      (4)執行役員は従業員6,000名中20名程度しかいないので、相当高度な地位にあったといえるものの、保険商品の営業は透明性が高く秘密性に乏しい上、原告が機密性のある情報に触れる立場にもなかった
      (5)会社と同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは、それまで生命保険会社において勤務してきた原告に対する制限として広範に過ぎる
      (6)保険商品は陳腐化が早いため転職禁止期間2年間は長すぎる
      (7)給与の高い部下も存在したので代償措置があったとはいえない
      (8)退職金には給与の後払い的性格がある
      (9)前勤務先と転職先とで取扱商品においてほぼ競合せず会社の損害は認められない

と緻密(ちみつ)な検討を行った結果、競業禁止条項を無効と判断しました。

網掛け部分の判断は非常に示唆に富むものではないかと感じております。

2 ドルチェ事件

退職者が顧客名簿を持ち出し、転職先で営業活動等に使用したと主張された事案について、裁判所は、「秘密管理性が認められるためには、少なくとも、これに接した者が秘密として管理されていると認識し得る程度に秘密として管理している実態があることが必要である」として、「不正競争防止法、雇用契約上の秘密保持義務及び競業避止義務違反の債務不履行、不法行為のいずれも認められない」と判断しました。

秘密保持義務については、会社としては、在職中から秘密の管理方法に配慮することが必要と思料されます。

深堀健二氏プロフィール
八重洲総合法律事務所弁護士(証券アナリスト資格保有)。平成5年慶應義塾大学法学部法律学科卒、都市銀行入行、証券会社勤務を経て平成22年12月弁護士登録。
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