深堀健二の兜町法律放談 退職後の競業禁止義務・秘密保持義務【前編】

兜町法律放談 連載


年末を迎え、退職・転職される方もおられると思います。今月は退職後の従業員の競業禁止義務・秘密保持義務について確認してみたいと思います。

1 競業禁止義務

憲法は、すべての人に職業選択の自由を保障していますので、原則として競業会社への転職も自由です。

ただ、そうなりますと、会社としては退職者に、就業中に獲得した秘密やノウハウを活用されて競業されることを甘受しなければならず、利益を害されます。

そこで、契約自由の原則から、会社が退職者との間で競業禁止に関する契約を締結することが一般的に行われています。

ただ、会社と従業員の関係は対等でないことから、会社が職業選択の自由を侵害するような内容の契約を押し付けて締結する場合があり、このような場合に「競業制限条項の有効性」をめぐり多くの裁判が行われてきました。

競業制限条項の有効性の判断は、会社側の利益(企業秘密の保護)、退職者の不利益(転職、再就職の不利益)および社会的利益(独占集中のおそれ)の3つの視点に立って慎重に検討され、「合理的な範囲内」でなければならないとされています。

そして、「合理的範囲内」の具体的判断基準は、一般に、(1)競業禁止条項制定の目的、(2)労働者の従前の地位、(3)競業禁止の期間、地域、職種、(4)競業禁止に対する代償措置等と考えられています。

すなわち、禁止の期間や広さが広ければ広いほど強い制約となり無効と判断される可能性が高まりますし、他方で、在職中に競業禁止義務を甘受しても余りある好待遇を受けていた場合には有効と判断される可能性が高まることになります。

2 秘密保持義務

これに対して、秘密保持義務については、職業選択の自由への抵触が無いようにも思われます。

しかし、転職者を受け入れる会社としては、当然、転職者が、前職で獲得した業界知識やノウハウ、人脈、顧客に関する情報を活用して業績に貢献することを期待していますので、前職で獲得した情報を一切転職先で用いることができないとすると、やはり職業選択の自由を侵害することになります。

そこで、一般的には、その業種における顧客情報の重要性や労働者による顧客情報利用の形態等を総合的に勘案し、当該行為が悪質で会社に与える影響・損害が大きい場合には違法と評価されるとされています。

もっとも、会社側は退職者との間で契約を締結し、秘密保持義務を課そうとするものの、そもそも退職時に秘密保持契約を締結するかどうかは退職者の自由ですし、契約を締結することができたとしても、当該秘密保持義務条項が「有効か無効か」が裁判にならないと明らかにならないようでは、転職者を受け入れる側も転職者も「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」ことになりかねず、労働者の移動を不要に妨げることになりかねません。

そこで、転職者による企業秘密の不正な利用に関しては、不正競争防止法が制定され、言ってみれば「誰から見ても違法な場合」を類型化することで、秘密保持契約を締結することのできなかった企業に対しては一定の不利益を回避できるようにするとともに、転職者を受け入れる会社においても「やり過ぎ」の線を明示しています。

それでは、次回は退職者の競業避止義務違反や秘密保持義務違反を巡る裁判例について検討したいと思います。

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