深堀健二の兜町法律放談 青色発光ダイオード相当対価請求事件 【後編】

兜町法律放談 連載


前回は、ノーベル賞を受賞した中村教授による発明を「世界中の研究機関に先んじて、産業界待望の世界的発明を成し遂げた……全く稀有な事例である」と裁判所が高く評価し、会社に対して200億円の支払いを求めた判決(以下「地裁判決」と言います)を確認しました。

私自身、当時サラリーマン生活に挫折し脱サラした直後だったこともあり喝采(かっさい)を送ったことを覚えていますが、今回は、地裁判決以降の世論の動向や特許法改正の流れについてみておきたいと思います。

1 地裁判決後の世論

地裁判決の後、世論は賛否両論でした。「ノーベル賞級発明」に見合った厚遇を歓迎し、理系人気が高まる一方、経営側からは地裁判決に対する批判が噴出しました。

すなわち、(1)わが国の研究者の多くは終身雇用制度により身分が保障されており、企業は成果に関わらず給与を支給している、それにもかかわらず、発明に成功した場合には経営基盤を揺るがしかねない多額の報酬を支払わなければならないとするのは不均衡である、(2)発明を現金化するためには設備投資や販促活動等多額の投資が必要であって、リスクを取った企業よりも従業員が多額の果実を得るとなると経営に対する影響が大き過ぎ、活動が萎縮する、といったものです。

特に経団連や日経新聞といった「大企業側」からは、地裁判決に対する批判が相次ぎました。

2 高裁の和解勧告

そのような「大企業側」の批判が高まる中、平成16年1月の地裁判決から約1年後の平成17年1月、東京高裁の和解勧告に応じ、会社が中村教授に対して総額8億4,391万円を支払う旨の和解が成立しました。

世間では、200億円の地裁判決から190億円以上減額した内容で中村教授が合意したことに対して、驚きの声が上がりました。

中村教授の代理人である升永弁護士は、和解に至った経緯について「(1)和解に応じなかった場合に想定される判決内容、(2)上告審で高裁判決が破棄される可能性、(3)破棄された場合に差戻審で認定される可能性のある金額、(4)上告審で一審判決の金額が支持される可能性、(5)上告審・差戻審に原告が投入する時間、(6)上告審・差戻審に要する年月、(7)二次訴訟を提訴する現実的可能性、(8)二次訴訟のために原告が投入する時間、(9)二次訴訟に要する年月、(10)和解に応じた場合の原告の裁判での目的達成度など、本件に関するすべての事情を考慮して、依頼者の最大利益は和解勧告を受諾することと考える」として助言し、中村教授も受諾したとしています。

要するに、升永弁護士は、このまま裁判を続けても、中村教授にとって提案された和解案以上に有利な判決を勝ち取ることは不可能だと判断したということです。

実は裁判所というのは、一般人が考える以上に世論に敏感ですから、先に述べたように地裁判決に対する「大企業側」からの強い批判が吹き荒れた状況に裁判所も腰が引けていたのは間違いなく、和解に応じなかった場合に中村教授にとって相当程度厳しい判決になっていた可能性は高かったと思います。

3 特許法改正の動向

現在、特許庁は、これまで原則として「従業員に帰属」した特許を、「会社に帰属」するように特許法を改正し、「会社保護」を厚くしようと企図しているようです。

たしかに、「終身雇用」「身分保障」のある大企業ではバランスの取れた制度といえるかもしれません。しかし、雇用も身分も不安定なベンチャー企業においては、むしろ「逆転満塁ホームラン」が可能な制度であった方が、日本の科学技術の発展には望ましいのは間違いないと思いますので「大企業では企業寄り」「ベンチャー企業では従業員寄り」といった使い分けのできる改正が行われることを望んでいます。

深堀健二氏プロフィール
八重洲総合法律事務所弁護士(証券アナリスト資格保有)。平成5年慶應義塾大学法学部法律学科卒、都市銀行入行、証券会社勤務を経て平成22年12月弁護士登録。
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