深堀健二の兜町法律放談 経営判断の原則について【前編】

兜町法律放談 連載


今月は、前回少し触れた、取締役の責任に関する「経営判断の原則」についてご紹介したいと思います。

1 日本における「経営判断の原則」

昨今、株主代表訴訟等取締役に対する責任追及訴訟の判決が出るたびに、「経営判断の原則」が話題になります。

しかし、実は日本の法律上「経営判断の原則」に相当する明文規定は存在せず、「取締役の広い裁量を認め、取締役の注意義務違反を認めない」旨の裁判所の判断を、「経営判断の原則が適用された」と評するのが一般です。

そもそも、取締役は、その善管注意義務違反の業務執行行為により会社に生じた損害を賠償する責任を負います。しかし、取締役の業務執行は、不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多いため、事後的・結果論的な評価がなされてしまうと、結果的に会社に損害が生じると、責任が肯定されることになりかねません。そうなると、取締役の冒険心を委縮させるのはもとより、そのリスクの大きさ故に取締役のなり手がいなくなってしまう懸念もあります。

そこで、取締役が判断した時点を基準に、当該状況下で事実認識・意思決定過程に不注意がなければ、取締役には広い裁量の幅が認められることを根拠に、取締役の責任を否定する裁判例が多数存在します。

このような裁判所の判断枠組みが、一般に「経営判断の原則」と呼ばれているのです。

2 ビジネス・ジャッジメント・ルール

もともと、「経営判断の原則」とは、アメリカの州法上の「ビジネス・ジャッジメント・ルール」の日本語訳であり、日本の裁判所は同原則に影響を受けているこということはできるでしょう。

ただ、アメリカにおける同原則は、

(1)取締役・会社間に利害対立がないことおよび取締役の意思決定過程に不合理がないことのみを審査する
(2)取締役の判断内容の合理性には一切踏み込まない(陪審審理に付さず却下する)

ことを内容としており、日本の裁判例が、(2)についても同じかどうかについては、否定的な意見が多いです。

3 損失補填株主代表訴訟事件

では、具体的に裁判所はどのような判断を行っているのでしょうか。今回は、読者の皆さまも強烈に記憶されている「損失補填(ほてん)事件」を見たいと思います。

平成5年9月、大手証券会社が大口の法人顧客に対して有価証券売買による損失3億6,000万円を補填したことが、取締役の注意義務に違反するとして代表訴訟を提起された事件について、裁判所は以下の通り判断し、取締役の責任を否定しました。

(1)証券会社は主幹事として本件顧客から多額の手数料収入を得てきた
(2)各証券会社では、平成2年末までに営業特金について所要の措置を講ずることを要請する大蔵省通達を受け、株式市況が急落する状況下で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を図るためには損失補填やむなしという考え方が大勢を占めていた
(3)証券会社は顧客から決算で損失が表面化するのは困ると申し入れを受け、損失補填しなければ将来の取引関係に重大な影響が生じると判断した
(4)拡大しつつある損失をそのままにして営業特金を解消することになれば、顧客の証券会社に対する信頼を損なうおそれがあると考え、多くの利益をもたらしていた顧客に対しては将来の利益を確保するために損失補填をすることもやむを得ないと判断した

以上の事実関係を前提にすれば、「本件損失補填を実施した経営判断は、その前提となった事実の認識に不注意な誤りがあったということはできず、当時の諸状況に照らすと、その意思決定の過程に著しく不合理で許容される裁量を逸脱したものとは認められない。」

次回は、経営判断の原則に関する近時の裁判の動向について紹介したいと思います。

深堀健二氏プロフィール
八重洲総合法律事務所弁護士(証券アナリスト資格保有)。平成5年慶應義塾大学法学部法律学科卒、都市銀行入行、証券会社勤務を経て平成22年12月弁護士登録。
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