特報 日興コーディアル証券元執行役員のインサイダー事件 1審判決は有罪だが…

特報 連載


インサイダー情報とは何か

以前にも取り上げた、日興コーディアル証券元執行役員・吉岡宏芳氏のインサイダー事件の1審判決が9月30日言い渡された。

判決は懲役2年6カ月、執行猶予4年、罰金150万円。検察側の求刑は懲役3年、罰金300万円だったので、求刑よりも刑期で半年、罰金で150万円少なく、執行猶予も付いたとはいえ、有罪である。

吉岡氏本人のみならず、弁護に就いた佐藤博史弁護士にとってもかなり意外な判決だったようで、判決公判後、会見に応じた佐藤弁護士は「意外な結果でもちろん納得はしていない。有罪になるようなことはないと思っていた」と語った。

この事件は三井住友銀行のエリート行員で、日興コーディアル証券に執行役員として出向していた吉岡氏が、知人の横浜の金融業者・金次成氏に上場会社のTOB(株式公開買い付け)に関する公表前の内部情報を伝え、この情報を元に金氏が3600万円の利益を得たというもの。

現行法では内部者である情報伝達者は、本人が利益を得ていなければ処罰できないので、横浜地検は吉岡氏は単なる情報伝達者ではなく主犯であり、実際に株取引を行った金氏はその共犯という構図で吉岡氏、金氏両名を、内部者本人が内部情報をもとに利益を得ることを禁じた金融商品取引法167条4項違反で起訴した。

検察の主張では、吉岡氏は金氏にフォーサイドドットコム株式の購入を勧めて損をさせたり、吉岡氏の紹介で貸した貸金が次々と不良債権化したため、その穴埋めを吉岡氏に要求。吉岡氏は穴埋めのために情報提供を行った、というものだった。

金氏は検察のストーリー通りさっさと罪を認めたが、吉岡氏は情報伝達をした事実もないし、金氏との間での金銭トラブルもなかったとして全面否認。先行した金氏の裁判で、金氏の証言があいまいだったこともあって、裁判長は金氏の裁判で、検察側に対して訴因の変更を指示した。

具体的には、吉岡氏を主犯、金氏を従犯とする共同正犯は認められず、このままの訴因だと金氏に有罪判決を書けないと法廷で発言。検察は内部者からの情報提供で利益を得た人を処罰する167条3項違反に切り替え、2月28日、金氏は懲役2年6カ月、罰金300万円、追徴金1億円、執行猶予4年の有罪判決を受けた。

検察は吉岡氏の訴因は167条1項4号違反の共同正犯に変更、予備的に167条3項の教唆犯、幇助(ほうじょ)犯を付け加えた。

今回の判決は、共同正犯に必要な「意思の連絡」と「自己の犯罪を犯したと言える程度の重要な役割の有無」のうち、意思の連絡があっただけだから、共同正犯は成立しない、と言っている。

ここでまず吉岡氏は「内部情報を伝達していない」という主張を一切認めてもらえていない。携帯電話での通話記録やメールなどは残っているものの、具体的な通話内容まで立証されているわけではない。金氏の売買のタイミングと通話の時間が符合するということと、金氏の証言が全面的に採用されて、内部情報の伝達があったという認定になっている。

2番目の「自己の犯罪を犯したと言える程度の重要な役割の有無」については、吉岡氏からの情報を金氏が取捨選択し、自らの判断で売買をしているので、ここでは検察側の主張を退けている。

ただ、検察側が最後に付け加えた予備的主張である「教唆、幇助」、つまり唆しの有無については、金氏は吉岡氏からの情報がなかったら株式の購入を決断していないから、という理由で認め、結局のところ、吉岡主犯説はダメ、共同正犯もダメだけれど、「唆し」で有罪となったわけだ。

吉岡氏側が最も納得していないのは、インサイダー情報の概念に対する裁判所の解釈だ。吉岡氏が提供したとされる情報の中には、明らかにその情報を元に株を買ったら損をする銘柄も含まれていて、吉岡氏は情報を流した結果、つまり金氏がその株を買ったのかどうかや、利益を得たのかどうかに関心がなかった、ということを裁判所は認めている。

弁護側は、だから情報提供はしていないのだという主張だったのだが、金氏からの追及を逃れたいがためのその場しのぎの情報提供なのだから、確実に利益が得られる情報である必要はなかった、というのが裁判所の判断だ。

「“確実に損をする情報”までインサイダーと言えるのか、というのが正直な感想」(佐藤弁護士)であり、さらには、裁判所が金銭トラブルの存在、つまり情報提供の動機を認めてしまっている。

この動機の認定は、検察の主張と判決は微妙に異なり、検察が「損失の穴埋め」だと主張したのに対し、判決は「追及をかわすため」としているのだが、この部分の審理は裁判所が審理の対象から外したので、全く審理されていない。

インサイダー情報とは何か、という議論は村上世彰氏の裁判でも話題になった。外野としては学者による徹底した議論を聞いてもみたいところだ。

「基本的には控訴の方向で検討することになる」(佐藤弁護士)というが、控訴は口で言うほどたやすくない。経済的にも精神的にも負担は大きい。控訴期限は2週間後だ。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
戻る