特報 1stホールディングスのMBO TOB価格は破格の好条件

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1stホールディングス(3644) 週足

1stホールディングス(3644) 週足

4月5日、1stホールディングス(3644)がMBO(経営陣による買収)の実施を発表した。この会社、2010年12月の上場なので、上場からわずか2年3カ月での退場である。買収者はモノリスホールディングス。1st社の代表である内野弘幸氏がMBOのために設立したSPC(時定目的会社)だ。

社名の通り、上場している会社は持ち株会社で、傘下にウイングアーク、1stネクスパイア、ディジタル・ワークスなど業務用システム開発会社5社のほか、セキュリティサービス会社のバリオセキュアを抱える。

中核会社のウイングアークは、翼システムのシステム部門の責任者だった内野氏が、アドバンテッジパートナーズというスポンサーを見つけて部門ごと独立、設立した会社である。

まずは今回のTOB(株式公開買い付け)価格880円を検証してみよう。この会社の過去1カ月平均株価が617円で、アベノミクス効果で株価が底上げされる前の株価も織り込んだ6カ月平均が571円。1カ月平均に対するプレミアムは42%。6カ月平均に対するプレミアムは実に54%だ。BPS(1株純資産)は12年2月期が160.97円。13年2月期は203.63円なので、PBR(株価純資産倍率)は13年2月期のBPSで計算しても4.3倍にもなる。上場時の公募価格665円と比較しても十分高い。高値で売り出し、安値で買い戻しという、ありがちな価格設定とも無縁だ。

プレミアムの高さもさることながら、PBRの高さは会社法施行以降実施された300社以上のキャッシュアウト事例の中でも、上位10位以内に入る水準だ。何しろキャッシュアウト事例の7割がPBR1倍未満という悲惨な状況なので、ここまでの好条件は驚きだ。

今回、買収者であるモノリスは発行済みから自己株を差し引いた全株の取得を目標にしている。創業者の内野氏の保有割合はたった1%。ほぼゼロから全部を買おうということなので、取得に必要な資金は、買付代行の大和証券に払う買付代行手数料1億5,000万円を含め、総額で280億円にも上る。

資金はみずほ銀行のタームローン200億円と、オリックスプリンシパルインベストメントからの出資117億円で大半を賄い、MBOとはいっても内野氏個人の出資はわずか2億4,500万円でしかない。みずほのローンには財務制限条項が設定され、オリックスについても、当初は無議決権株式の形での出資になるが、収益計画を達成できなければオリックスは内野氏に買い取りを請求できる。つまりはオリックスという新たなスポンサーの強烈なプレッシャーのもと、内野氏はしっかり稼がねばならなくなるということだろう。

そうすると、なぜそうまでして、しかもこんな破格の好条件でのMBOなのかという疑問がわく。例によって公開買付届出書には、クラウド・ビッグデータ時代に対応した大胆な変革は上場したままではできないから、という、ほとんど説得力のない理由しか書かれていない。そこで市場関係者の間で有力視されているのが、「アドバンテッジの出口戦略」説だ。

1st社の筆頭株主であるアドバンテッジパートナーズは現在、同社株を35.4%保有している。10年12月の上場直前の時点では47%を保有、上場時は新規発行なしの売出のみだったが、需要調査の結果、1,599万株の予定だった売出株数が1,000万株に減ってしまった。アドバンテッジのほか、GE系のファンドやNECの売出株数はいずれも予定以下にとどまった。売出価格も当初のレンジ630-700円に対し、上限の700円とはいかず665円。

アドバンテッジからは、かねて出口についてプレッシャーをかけられていた形跡があり、11年8月にはアドバンテッジとの間で「継続的保有に関する覚書」を締結。内容は12年8月24日までは売らないし、質入れもしない、というものだが、逆の見方をすれば、12年夏以降はいつでも売る準備があるから、何か対策を考えておけということだろう。結果、内野氏が出した答えがMBOだったと考えるのが妥当だろう。

ちなみに、1st社が11年3月に買収したバリオセキュア社も、もともとは上場会社だったが、09年7月にアントキャピタルを買収者とするTOBを実施。もちろんキャッシュアウトである。こちらも上場期間は3年6カ月。1st社よりは長いが、かなり短期間での市場退出だった。

アントは総額59億円でバリオセキュアを買収し、1st社は67億円で買った。それならアントの売却益はわずか8億円かというと、さにあらず。

バリオセキュア社の公開買付届出書によると、買収資金計画は28億円をあおぞら銀行からのタームローン、33億円をアントの出資で賄うとある。ということは、28億円のローンはバリオセキュアに付け回されたはずなので、アントは思い切りレバレッジを効かせ、33億円で買収した会社を、1年3カ月後に倍の67億円で売却できた計算になる。

67億円で買ったのはほかならぬ1st社だ。ちなみに1st社はアドバンテッジと覚え書きを締結した直後、22億円もかけて11%もの株式を大株主から自己株取得してもいる。ファンドにとって、1st社はまさに福の神と言えるだろう。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
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