特報 日本ゼオンのトウペ買収で新ケース 良心的な手法とTOB価格に注目

個別 特報 連載


日本ゼオン(4205) 日足

日本ゼオン(4205) 日足

今年2月は、1カ月間で7件もキャッシュアウト目的のTOB(株式公開買い付け)が公表されたが、追い出す少数株主に買収者の株を渡す、株式対価の株式交換には、とんとお目にかかれなくなってしまった。

今年1月に上場廃止になったソネットエンタテインメントは、昨年8月から9月にかけて、ソニーが完全子会社化を目指してTOBを実施したのだが、このケースが直近では株渡しの最後のケース。だが、このケースも久々のケースだった。その前となると、2011年11月のキャノンマーケティングジャパンによる昭和情報機器の買収や、ソディックによるソディックプラステック、11年10月の三井住友銀行によるプロミス買収あたりまでさかのぼらなければお目にかかれないのだ。

株式交換の場合、交換比率で買収される側の少数株主が不利になるのは事実ではあるが、それでも自分が投資していた会社が買われることで成長するのだとしたら、その成果にあずかる買収者の株をもらえるということは、追い出される少数株主は間接的に成長シナジーを享受できる。その分株渡しはキャッシュアウトよりはまだ多少は罪が軽いと筆者は思うのである。

逆に言えば、買収メリットの一部が少数株主に間接的に流出するわけだから、買収者にとってはおもしろくない。だから最近では株渡しのケースがめっきり減ってしまったのだろう。本来株渡しなら、わざわざ買収のための資金を調達しないで済む。買う相手の規模が小さければ、手持ちの自己株だけで十分賄えてしまうのに、わざわざキャッシュアウトを使うのは、それだけキャッシュアウトのほうが買収者にとっておいしいということだろう。

一般にMBO(経営陣による買収)の場合は買収者が買収用の箱会社としてSPC(特別目的会社)を設立し、そこで買収資金用の借り入れをし、少数株主の追い出しが済んだら買収した会社とSPCを合併させて、買収で負った借金を買った会社にツケ回す。こんなことは1人しか株主が居ないからこそ問題にならないのであって、ほかに株主が居たらたった1人の株主の利益のために買われる会社が“尽くす”わけだから大問題になる。だからMBOの場合は少数株主を完全に追い出しておかなければならない。もっとも、公開買付届出書にその“ホンネ”が書かれることはまずなく、「迅速な経営判断を下すため」としか書かれていない。

だが、事業会社が事業会社を買収する場合は、買収者自身が上場会社であるケースがほとんど。買収者自身に多くの株主がいるので、買収する会社の少数株主に買収者自身の株を渡してやっても、別に迅速な経営判断が阻害されるわけではない。それでも買収者はぬけぬけとこのセリフを吐くのである。

トウペ(4614) 日足

トウペ(4614) 日足

そんな中、興味深いケースが登場した。日本ゼオン(4205)によるトウペ(4614)の買収である。TOB終了時点で9割以上の議決権を獲得できたら全部取得条項スキームで少数株主をキャッシュアウトするが、9割とれなかったら買収者である日本ゼオンの株を居残った少数株主に渡す、つまりTOB価格に納得できない少数株主には日本ゼオンの株を渡しますというのだ。この方法を使った事例は本件が初だ。

トウペの筆頭株主である古河機械金属保有分は発行済み株式総数の53.44%あり、この分は応募契約が締結されているが、公開買付届出書を見る限り、特別利害関係者の保有分はないようだし、上位10株主の顔ブレを見ても、実質買収者の“身内”と明らかにわかるような株主は見当たらない。5割強からスタートして9割の獲得となると、ハードルは決して低くない。残り46.56%の少数株主のうち、8割近くが同意しないならキャッシュアウトは実施せず株渡しにする、ということになる。

現在は、マジョリティオブマイノリティ、つまり少数株主の過半数の同意を得ていることが、少数株主を強制的に追い出すことへの後ろめたさを払しょくするための免罪符になっている。追い出し決議そのものは3分の2の議決権を獲得すれば足りるが、基本的には9割の獲得を目指すのはこのためだ。とすると、少数株主の8割の同意を条件にするというのは、破格に良心的だ。

それではTOB価格の方はどうだろう。TOB公表前1カ月間の終値平均107円に対し、TOB価格は125円。プレミアムは16.8%と低水準ではあるが、トウペは赤字続きの会社だ。債務超過でこそないが、利益剰余金もマイナス。日本ゼオンは実質救済者の立場なのだろう。

珍しく良心的なケースだと思ったが、やはりぴかぴかの優良企業の買収ではないからこそということなのかもしれない。

著者紹介 伊藤 歩(いとう あゆみ)
ノンバンク、外資系金融機関など複数の企業で融資、不良債権回収、金融商品の販売を手掛けた経験を持つ金融ジャーナリスト。主な著書に「TOB阻止 完全対応マニュアル」(財界展望新社刊)
戻る