デリバティブ大膨張で歪み生じる 信用乗数にも危険な兆候

インタビュー 本間裕 相場の醍醐味


一家に1キロの金を

ph01連載700回達成 「本間宗究」改め テンダネス・本間裕代表取締役に聞く

1999年9月から本紙で15年を超えるロングラン連載を続けている「本間宗究」氏こと、テンダネス・本間裕代表取締役(写真)。「相場を斬る」「相場の醍醐味」の通算で連載は700回に達した。2000年のITバブル崩壊や、06年に端を発する金融大混乱を前に警鐘を発したことなどから固定ファンも数多い。今回は読者の要望に応え、紙面上では初めて素顔を公開。これまでの経緯や、現在の経済、相場情勢をどうみているかなどについて話を聞いた。

――そもそも、ペンネームを「本間宗究」とした背景から聞きたい。

「江戸時代の伝説的相場師として広く知られる本間宗久をもじって付けたものだ。宗久さんは当初、江戸へ出て、米相場で大失敗し、破産した経緯がある。その後、酒田(山形県)に戻って暦を研究したことで、百戦百勝の大相場師となった。実は私も、証券マン時代の1990年に『人生最大の失敗』を経験した。バブル崩壊を読めず、投機的な売買を勧めた海外顧客に多大な迷惑をかけ、赤道を越えて追い証(追加保証金)請求にも行った。その後、本格的に暦(サイクル論)の研究を始めたことなど共通点は多いと感じている」

――同じ本間姓だが、姻戚関係などはないのか。

「これは後になって知ったことだが、本間家の源流は現在の厚木(神奈川県)にあった。鎌倉幕府と朝廷が対立した1221年の『承久の変』を経て、順徳上皇が佐渡に島流しされた際、“お目付け役”のような形で佐渡に渡り、その後、直江兼続に討たれるまで、同地は本間一族の支配が続いた。後に酒田に移った一族の中から宗久氏が生まれたわけだから、考えようによっては、佐渡で生まれ育った私の方が“本家筋”と言えるのかもしれない」

――1990年の「大失敗」前後でどう変わったか。

「83年に米国でMBA(経営学修士)を取得して意気揚々と帰国したものだったが、結局、こうした理論は未来予測には全く役に立たなかった。90年のバブル崩壊は、ちょうど60年前と同じ経過をたどった。経済学は頼みにならず、暦とともに、マネー理論を独学で徹底的に研究した」

――マネー理論とは。

「学問的研究としては、あくまでも中央銀行や市中銀行を通じた信用創造が中心で、各種デリバティブなどの『市場による信用創造』は軽視されてきたが、この部分にも光を当てたものだ」

――ジョージ・ソロス氏の名を冠した「ソロスチャート」も、もともとは本間さんの考案だったとか。

「私がアイデアを提供し、出身の大手証券に作ってもらったもので、その後、ソロス氏が重用するようになった。ただ、本来なら信用乗数を乗じた『マネーストック』を用いるべきところを、誤って『マネタリーベース』が基準とされている。信用乗数はピーク時の13倍から3、4倍程度に低下した。“異次元緩和”が機能していない証左だ。これが1倍になると旧ソ連崩壊時と同じになる」

――マネーストックを基準にした方が予想の的中精度も高まると…。

「考案した96年から2002年ごろまでは9割以上当たったものだ。もっとも、その後は、あまりうまくいかなくなった」

――それはなぜか。

「各種デリバティブが02年の2京円(1京円は1兆円の1万倍)から07年には8京円規模に大膨張し、さまざまな面で歪(ゆが)みが生じたためだ。それも、さすがに限界を迎えつつある。日本ではほとんど報じられなかったが、昨年10月7日の英FT紙にデリバティブルールの変更が報じられた。巨大な金融機関に破綻(はたん)が生じた場合の余波を極力抑えようとするものだ。リーマン・ショックをはるかに上回る金融の“大地震”が遠からず訪れることを予見したものだろう」

――これから、いかに対応すべきだろうか。

「インフレの大津波を前に、まずは一家に1キロの金を買うことをお勧めしておきたい」

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